anonymous luggage |
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仕事が終わり、5日振りに家に帰ると、そこはもぬけの殻だった。 マスターばかりか、ミネアもいない。サクラは…そうだ、定期メンテナンスに出ていて、帰ってくるのは数日後だった。 ひんやりとした、暗い部屋。リビングの灯りを点けると、やたらと白々しい明るさが部屋を照らした。この部屋はこんなにも広くて静かだったろうか。カチ、カチ、と壁に掛けられた時計の秒針の進む音が、やけに大きく聞こえる。 ding-dong♪ 在宅を待っていたかのように、玄関のチャイムが鳴った。 チャーリーは、はっと我に返る。マスターが帰ってきたのだろうかと、足早に玄関に向かった。が、扉を開ければそこにいたのは宅配業者で、心ならずも落胆してしまった。 両手で抱えるほどの大きさの荷物の受取人は、チャールズ・J・クリスフント。差出人は匿名。輸送元は・・・中国だった。 「!?」 こんな荷物を送って寄越すのは、たった一人しかいない。間違いなくマスターだ。だが彼は一体どこに行っているのだ? まさかひとりで(またはミネアを伴って)、中国にまで旅行に行ったというのだろうか? 伝票にさっさと受け取りのサインをして宅配業者を帰した。自分宛の荷物なのだからなんの遠慮もいらない。チャーリーは乱暴に包みを開いた。 中からひらりとパンダのポストカードが舞い落ちた。だがそこには何も書かれてはいない。 「パンダ・・・。あのひとは一体何を考えているんだ」 緩衝用の薄い紙を開くと、今度は布地が見えた。綺麗に畳まれたそれは、サテンだろうか、白地に青の縁取りのされたチャイニーズの装束。それから、手にすっぽり収まるケースは何だろう。漆塗りの金箔が施された蓋を開ければ、中身は紅だった。 「…意味が分からない」 紅とは女性が差すものではないだろうか? まぁ、酔狂でマスターが使うのであれば、それはそれで似合うような気もするが。これを自分に贈る意味が分からない。 服と紅と、パンダを散らかしたままに暫し考えてみた。マスターが気まぐれな行動をとるのはいつものことだ。荷物は後で片付けることにして、とりあえずチャーリーはバスルームに向かうことにした。何しろ仕事から帰ったばかりなのだ。疲れているのだ。部屋が静かなのをこれ幸いと、さっさと休んでしまいたかった。 チャーリーは手短にシャワーを浴びると、パジャマの下だけを履いて肩にタオルを引っ掛けた状態でリビングに戻った。荷物を散らかしたままで休むにはチャーリーは几帳面な性格すぎる。……それにしても今日は部屋が静かだ。 ふと、手に取った民族衣装をなんとなく羽織ってしまったのは、ちょうど都合よく上半身に何も着ていなかったから。前を留めずに開けたままにしておいたのはすぐに脱ぐつもりだったからだ。以前に見た京劇とやらを思い出して、戯れに目尻にうすく紅を差してみたのは、魔が差したからとしか言いようがない。 そして。 手にした携帯電話のカメラに自分を映す。 ソファに後ろ手に手をついて。かざしたカメラを見上げるようにしてカシャリ。 撮影された画像をそのままメールに添付して、文章を打ち込んでいく。 『腹が減りました。早くかえ 』 いや、こんな文章では彼を拗ねさせるだけだ。 『早く 』 ………。 馬鹿馬鹿しい。自分は何を言おうとしているのだろう。 チャーリーは文章をすべて消すと、そのまま送信ボタンを押した。 (せっかくあなたの贈った服を着たんだ。早く帰ってきてください) 中国なんて遠い異国に、自分を置いて行ってしまうなんて。心の中で呟いてみる。 本当に今日の自分はどうかしている。きっと腹が減って疲れているせいだ。 羽織った服が皺になるのも構わずにチャーリーはソファに倒れ込んだ。 その一瞬後、仰向けになった腹が重くなった。そして懐かしい温かさ。驚愕して瞑っていた眼を大きく開くとそこには。 「マス…?!」 「くぁぁぁぁぁぁぁわいいな(可愛いな)、おい!!!!!」 マスター、と呼びかける途中で変な雄たけび(?)がした。それと同時にぎゅうううと抱き締められ、次の瞬間には肩を掴まれて、ばっと勢いよく身を離された。全身をうっとりと見つめられる。ここまで目尻が下がって鼻の下が伸びているレイフロの顔もそうそう見れるものではない。 「あぁぁぁぁ、どうしようヤバいヤバい!! 俺のチェリーが可愛すぎて生きるのが辛い!!」 ……それは何語ですか、マスター。いやいや、そんなことより。 「マスター。なんで居るんですか?」 「なにそれ。随分なご挨拶だな!」 半分うっとりとした表情を残したままむっと怒るという、彼にしてはひどく器用な表情を作って見せる。 「いえ、…てっきりお出掛けになったのかと」 「出掛けてたぞ。外でお前からのメール見てさ。あまりのかわいさに超特急で帰ってきちゃった」 惚けた顔で。あんな物欲しそうな顔されたら、我慢できなくなってさぁ。コウモリどころか、コンコルドにでも変化できそうなくらいときめいたんだぞ! なんて。どうしようもないくらい愛しいと、チャーリーの顔を撫ぜる。 「物欲しそうな顔なんてしてませんよ。…じゃなくて。えぇと、中国に行ったのでは…?」 「は? なんの話だ? ちょっと夜の散歩に行ってただけだぞ?」 きょとりと首を傾げて見せる。 「え、では…ミネアは?」 「猫の集会だぞ?」 「………」 チャーリーは頭をフル回転させた。自分はなにを勘違いしていたのだ? 「それでは、この荷物は…」 「ん、それ?」 お前が仕事に行ってる間に、ちょっとチャイナタウンに遊びに行ってな。気に入った服を買ったんだが、色違いもあるって勧められて。それがすっごくお前に似合いそうだったから。でもそれは在庫切れで本国から取り寄せないとって言われて、送ってもらうことにしたんだが……。紅? それも取り寄せ品だぞ。 容れ物が綺麗だろぉ。あ、ポストカードはきっとおまけだな。 「………」 何をどう言ったものか。チャーリーは自分に呆れて絶句するしかなかった。 考えてみれば、当然のことだ。吸血鬼の特性を考えても、レイフロは海を渡るを好まないし、独りでふらりと遠くまで行ってしまうことも最近ではほとんどない。 「すみません。…なんだかとんだ思い違いをしていたようだ」 んー、構わんぞ? と、肩を掴んでいた手をするりとチャーリーの首の後ろにまわして。 「そんなことより。腹が減ったって顔に書いてある」 くすり、と妖艶に誘うように笑って。 「違いますね。あなたの方が、食べられたいと思ってるんでしょう?」 イニシアティブを取ろうと食欲をひた隠して、欲しいのはそちらでしょうと責任転嫁。レイフロはからりと笑ってあっさり肯定した。 「当然! こんなチャイニーズチェリー、俺が逃がすわけないだろう」 ふわりと飛び込んでくる身体を受けとめる。そういえば、ふたりとも服の前を留めていなくて。お互いの体温を直に感じて、笑い合った。 冷えた室内はゆるりと温度を上げて。 たった一人、増えるだけでこんなにも部屋は密度を増すのだと、今更ながらにチャーリーは思った。 |
【後記】 意識して一文一文を短くしてみたよ! 読みやすくなっていればいいんだけれど。 2008年vassaカレンダーの、チャイニーズ主従に滾ったので書いてみました。今更過ぎる(笑)。 だって〜、あのイラストの存在を最近知ったんだもの! とっても素敵だったんだもの!! チャーリーの行動が不可解だったり彼らしくなかったりしますが、その辺は温かい目で見てもらえれば・・・。 マスターはともかく、チェリーが目元に紅を自分から塗るとは考えられないよね。 でも二人ともお化粧すると、それはもう艶めかしくて「……こ、こんな艶っぽいなんて卑怯だ!!」という感想しか出てきません。 ほんと卑怯だ。 あ、ちなみにこのお話。AtoZ用に書いたんですけど、中途半端に長くなっちゃって、仕方なしにmainに置くことにしました。 カテゴリをまだ決めてないんだけど・・・どうしよう。らぶでいいかな? 2011.12 |