M


ずず・・、ずずず・・・

 首許を、強く啜られる音と振動にうすく鳥肌がたった。

「寒いですか?」

 汚さないようにとシャツを脱がしに掛かっていた手を止めてクリスが問う。
 10月に入ったばかりのこの季節、夜は気温が下がる。しかも硬く冷たい床の上での食事。だがレイフロの肌を粟立たせているのはそれ らではない。

「今更このくらい寒くねぇよ。けど、床の上で食事っていうのはお行儀がよくないなチェリー?」

 お行儀がどうのというより、床の上に押し付けられた自分の身体が痛いだけだったりするのだけれど。

「お行儀といえば、血を吸うときの音も気になる。美味いスープは音を立てずに食べるものだろう?」

 吸血鬼たるもの、獲物を食らうときくらいは優美にセクシャルにしなくては。それがmannerってものだ。そうでなければ何処の獲物が 自らすすんで首を差し出す?
 せっかくの食事を中断され、その上難癖をつけられて少しむっとした表情のクリスを床上から見上げて、その唇を指で撫でる。少し押 し上げれば自分に散々傷をつける牙が覗いて愛らしい。

「それは心外ですね。このやり方があなたの好みだと思っていたのですが」

「え?」

 意味を測りかねて傾げた首を逆に仰け反らされて慌ててしまう。
 先程まで啜られていた箇所に再びクリスが顔を落とし、肌にぴたりと唇が押し付けられる。

「っ!?」

 音もなく強く吸い上げられてガラにもなくびくりと肩を揺らしてしまった。それはまるで所有印をつける行為のようで。
 首から唇を離すと次は肩、二の腕、肘下と腕を辿って噛み食われていく。噛られた跡を見てみるとやはりそこにはふたつの穴と赤い跡 。最後に指の俣を噛られ、血ごと指を舐めとられたがここまで物音ひとつ立てずにやってのけたクリスに内心舌を巻く。
 名残惜し気にレイフロの指をくわえながら上目遣いでうかがう表情も生意気だ。

「お気に召しましたか?」
 なんてすまして言ったりして!

「こう言ってはなんですが、孤児院が厳しかったのでmannerは身についていると思います。それに何年あなたの血をいただいてると思っ てるのです?」

 吸血のコツだって嫌でも身につきますよ。

  そうだった。こいつは変なところで器用なやつなのだ。それにしたって、こんな風にそつなく食事をされるとなんだか無性に腹が立つ。 自分で命じておきながらこんな風に思うのも変な話だが、口がへの字になってしまうのを止められない。
 そんなレイフロを見て、至極真面目な顔をして問うクリス。その顔、絶対わざとだろう。

「マスター?お気に召しませんでしたか?」

「…かわいくないっ!」








珍しくセクハラ?するチェリーと慌てちゃうマスターなカンジで。
こんなのチェリーとマスターじゃない!とか言われそうだけど、私は書いてて楽しかったです。
チェリーはどこか意地悪な部分もあると思うんですよ。マスターに反撃したいとも思ってるだろうし。そんなチェリーも大好きですv






N


「お気持ちはうれしいのですが・・・、そろそろ止めていただかないとふやけてしまいそうです」
 クリスが困ったような声をあげた。実際に困っているのだろう。だってもう何分も彼の手を放してやっていないのだから。というよりも手放せなくなってしまって、正直レイフロ自身も困惑している。
 ずっと手を掴まれたために動きを封じられて、何もすることができないと苦情を訴えるクリスに言い訳にならない言い訳を甘えた声で言う。
「だって、あぁクリスの手なんだなぁって思って」
 こうして甘えて宥めすかして懇願しているから、さっきから困っていながらもレイフロの手を振り払うことができない。
 大人しくされるがままになっているクリスの手をにぎにぎと揉んで、あぁかわいい。衝動が湧きおこって、またそのすらりとした指に爪にキスをして、ついでにぺろりと舐めてみる。指先を咥えると、ずっとそうしていたせいで自分の唾液の味しかしないが構うものか。
義手ではない生身のクリスの手指に触れるのは100年以上ぶりで、少しだけ触るつもりが理性がぶっ飛んでしまった。クリスに「繋がった状態の」手に、最後に触れたのはあの雨の日。あの時はふたりともずぶ濡れで、手袋をしていたけれども、あの時握った手の低温の温かさを思い出すとますます手放せなくなってしまう。ふやけたっていいじゃないか、この愛しい手を嫌というほど堪能するまで放す気なんてさらさらない。
「好き。大好き」
 拳の、尖った骨のまわりをぐるりと舌でなぞる。ぴくりと指が跳ねて、あぁ神経が通っているのだなと嬉しくなる。
 広い手のひらにも鼻を押しつけて、キスをして、頬を擦り付ける。ちいさく指が動いて顔中を撫でられたり耳を摘ままれたりするのが気持ちいい。思わず身体の奥からくすぐったい感情がこみあげたのでゆっくりと目を瞑ってため息をつく。ため息が幸せなときも出るんだなんて最近まで忘れていた。
「好きって、私の手が?」
 つい、と顔を寄せたクリスが不服そうな表情を見せる。なに、もしかして自分の手に嫉妬をしてる? ヘンなやつ。嫉妬には気付かないふりをして息がかかる距離で「放してほしいか?」と聞けば「手が使えないと不便ですから」なんて素っ気ない返事をして、でも甘く唇を攫ったりする。この調子では手が自由に使えたら何をしてくれるつもりなのか期待せずにはいられないけど、まだ解放してやるつもりはないぞ。100年ぶりの逢瀬を存分に楽しませろ。でも。
「一生消えない傷を、このnailでつけてくれるなら、放してやってもいいぞ」
「あなたの回復力じゃ、そんなこと無理ですよ。それにあなたに傷をつけるなんて嫌だ」
「けち。じゃぁ放してやらない」
「私の手ですよ。決定権はあなたにあるのですか?」
 こちらからもキスを仕掛ければ、クリスはすぐに機嫌を直してくすくす笑って応じる。あぁもう! この笑顔があれば手には執着しなくてもいいかな、なんて思ってしまう。でも惜しくもあるしな。
「身体中引っ掻かれたいのに。傷をつけて、爪の欠片を身体に埋めてほしいのに」
 最後の抵抗とばかりに駄々をこねると、拘束をやんわりと外したクリスが手を背にまわしてぽんぽんとあやすように軽く叩く。返事の代わりに合わされた唇に、意識が蕩け落ちる寸前に思い当たった。クリスはもうとっくに一生消えないものをレイフロの体内に刻んでいたのだと。







ザ――――ッ(砂を吐く音)。
なんか恥ずかしいなぁ。自己評価なんですが、当サイト内でコレ甘さMAXじゃないでしょうか?
今、ものすごくデレなチェリーとマスターがマイブームでどこまででれでれにできるか挑戦中だったりします(笑)。
それにしても手フェチすぎる、マスターじゃなくて私が(笑)。


2011.10







「16連勝かぁ〜。俺に勝とうなんて400年早いんだよ、チェリー君!」

レイフロはテーブルにばらまかれているカードを纏め、馴れた手つきでシャッフルしていく。

「あなたはやり方が卑怯なんですよ。人の顔色を見てこちらの札を読んで、自分は芝居までして撹乱させるのですから」
「そんなのはカードゲームでは常套手段だも〜ん。嘘のひとつも吐けないチェリーが悪い」

そんなの当たり前のことだろう?とレイフロはしたり顔をするけれど、それは正論だったりするからチャーリーは言い返せずに己の拳を握り締める。

「嘘は、つきません」
「ふぅん?」

レイフロはカードの山をテーブルの中央に置くと、タバコをくわえジッポーの火を点す。

「それじゃあ、もう一勝負しようか。賭けるのは、お互いをどう思っているか嘘偽りのない気持ち。なんてのはどうだ?」

うまくすればチェリーからの告白が聞けちゃうかも♪などと眼を輝かせているレイフロを横目に席を立つ。

「もう結構です。戦略を勉強して出直します。

それに、賭けに負けて口にするほどあなたへの気持ちは安くはないんですよ。」

広い背中越しに思わぬ言葉を投げかけられくわえていた煙草を落としそうになる。
おいおい、Poker faceもできない子供かと思ってたのに。

我が息子ながら、とんだ策略家じゃないか?







チェリーって絶対負けず嫌いだと思うんだよねーv
きっと、ちょっと勉強して経験を積めばゲームもマスターとはれるくらいの腕前になると思いません?
え、へたれだから無理(~_~;)?






R


「頭脳労働には糖分摂取が効果的だぞー」

自室のデスクに積まれた資料の山とパソコンの画面を睨んでいると、突如口に何かを突っ込まれ、次に甘味が口内に広がった。
どうも棒付きの飴玉を口に入れられたらしい。甘味に誘われ出てきた唾を、コロリと飴玉を転がしながら飲み込む。もちろん、飴玉を口に入れてきたのはこの人だ。

「マスター」
「くくく、疲れている時は甘いものが美味いだろう」
「…はい」

また仕事の邪魔を、と憤る前に、その味につい素直に返事をしてしまった。それは遠い昔を思い出す懐かしい味。安っぽい味ではあるけれど。

「このキャンディは、子供の頃に食べたことがあります。懐かしいですね」
「へぇ」
「孤児として教会にいた頃、時折、いい子でいるご褒美にともらって食べたことが。あの頃はこんな飴玉がとても美味しく感じたものです。あれから百年以上経ったというのに、今でも売られているのですね」
「あぁ、昔からある飴玉がスーパーマーケットに売ってたから買ってみた。お仕事を頑張ってるチェリーにReward(ご褒美)だ」

コロリ。飴玉を転がしながら、マスターは子供だった私がこの飴玉を好きだったことを知っていたのだろうかと考える。そんなことは、あるはずもないが。

「しっかし、棒付きの飴玉ってやつは何だかえっちだよな〜。いやいやチェリーの舐め方が卑猥なのか ぐふっ」

暖かい思いを一気に吹き飛ばしたマスターを戒めた拳をデスクのパソコンに戻す。ついでにガリガリと飴玉を噛み砕き飲み込む。

「もう、チェリーってば乱暴なんだから」
「うるさいですよ。糖分摂取もしましたし、仕事に戻りますので邪魔をしないでください」

飴玉と一緒に噛み砕いたせいでしんなりとしてしまった紙でできた棒をゴミ箱に放り投げる。

「それじゃあ、チェリー。俺へのご褒美」
「は?」
「チェリーの仕事が終わるまでイイ子で待ってるから俺へもご褒美をくれよ〜」
「……」

ベッドの上に目をやると、そこにはちょこんと正座したレイフロ。
マスターそれでは本当にご褒美を待っている忠犬のようです。
情けなさと滑稽さにひとつため息をつくと、仕事の邪魔をせずにイイ子でいられたら、と続ける。

「何かあなたのお好きなものを差し上げますよ」

あなたからばかりご褒美をいただいてるわけにはいきませんからね。







実家に行ったらチェルシーとライオネスキャンディ(棒付きじゃないけど飴。知ってます?)があって、すごく懐かしかったので。
子供のころ好きだったんですよ〜♪






S


キッチンに立ち黙々とガーリックの皮を取り除く。
無論、対吸血鬼用のニンニクスプレーを作るためだ。
正直この強烈なにおいは自分にも耐えがたいものがあるが、人間には害がなくそれでいて毎夜のように笑えない悪戯を仕掛けてくる誰かさんには効果があるのだから仕方がない。
そんなことを考えていると早速背後にただならぬ気配。

「チェ〜リィ〜♪ 何をやっているんだ」

首筋に温かい息を吹きかけられた後ちゅっとキスをされ、首を押さえながら慌てて振り返ると、そこには寝起きなのかやや寝乱れた髪のレイフロ。

「何をするんですかっ!」

思わず手に持っていたガーリックを悪戯の主に向かって投げつけるが、それらをひょういひょいと身軽にかわしてにやにやと笑っているレイフロに腹が立つ。

「首にちゅうしたいのは俺たちヴァンパイアの本能だろ。それに人間の首にキスしたら嫉妬深いチェリーは怒るだろうし!あ、それからこんなニンニクのひとかけやふたかけじゃ俺には効果ないぞぉ、いつもチェリーの作った濃縮スプレーで鍛えられてるからな!」

レイフロが軽口をたたいている間に手元を探る。
ニンニクが効かないとあれば他に懲らしめられるものはないか。ロケットハンドを繰り出してもいいが、先日そのせいで部屋の壁をぶち壊したことを考えると使うわけにはいかない。もっと威力が小さく効果のあるもの・・・。

「! うぉっと」

手近にあったsilverのナイフとフォークを5、6本程投げつけると、一瞬レイフロに当たったようにも見えたが、彼が今までいた背後の壁にシルバーが突き刺さっただけだった。そこには既に彼の姿はない。
むこうの廊下ではきぃきぃとコウモリの鳴き声とともに「おぉ怖えぇ、シャワーでも浴びようっと」というレイフロの声とともに気配が遠くなる。

―――仕方がない。マスターである彼にはかなうはずもないのだから。
チャーリーは壁に刺さったシルバーの食器を外そうとして、再度背後に冷たい空気を感じた。
シルバーを抜き差しざま勢いをつけて振り返ると、そこには無表情なミネアが人型となり佇んでいる。

「なんだ、ミネアか」
「チャールズ様」

ひんやりと冷たい空気がチャールズに纏わり、嫌な予感がする。
なにかミネアの機嫌を損ねるような事をしただろうか。自分は女性の不機嫌は苦手なのだ。特にこのミネアは・・・

「チャールズ様、ご存知でしょうか。そのクリストフル」

ミネアはチャールズの握っていたナイフとフォークを指さす。

「それはレイフロ様のご友人がレイフロ様にと贈られた最高級の品でございます。ちなみにお値段にしますと1本300ドルは下らない品物であると、ご存知でしょうか?」
「う、」

「ちなみにそのような品物ですので、私が細心の注意を用いて手入れをしていることも、ご存知でしょうか」
「・・・・・・すまない、ミネア」

「次からはご注意願いますよう」
「わかった」

無表情のまま深々と頭を下げるミネアに、チャールズも頭を下げるが「これだから物の価値を知らない人間は」という怒気を含んだ声に背筋が涼しくなるのを感じずにはいられなかった。







先日たかせさんとのチャットで「物の価値の分からないチェリーv」という話題が出たのでこんなお話にしてみました。
高級品をマスターは普段使いにしてるから、チェリーも高価な物と気付かなかったり(~_~)
そうじゃなくても食器類は普段あまり使わないから、詳しくはないでしょうね。