一緒に食べよう



かろうじて戦火を免れた畑から拝借してきた痩せた野菜を刻んで鍋に放り込む。
煮込んで具材がやわらかくなったところで、これまた戦火を免れた民家から拝借してきた調味料で味をつける。
こうして料理をするのはどのくらいぶりだろうか。
食事といえば血を摂るのみの自分に、料理は必要なことではない。包丁を握るのも、鍋を使う事すらかなり久し振りのこと。
前回これらの調理器具を使ったのはいつだったか、鍋の中身をかき回しながら記憶を手繰ってみせてもちょっと思い出せない。
それもこれも人間の子供を拾ってしまったから。あいつがあまりにも情けない顔で腹の虫をなかせたりするから。救いを求めるように手を伸ばしたりするから。

「できたぞ。飯だ」

テーブルにできたばかりの湯気ののぼる皿を置いてやる。

「まだ熱いからな、気を付けろよ」

皿に手を出そうとしていた子供に声をかけると、びっくりしたように手を引っ込めて料理を冷まそうとふうふう息を吹きかける。
吹きかけながら子供は舌足らずで拙い言葉で聞いてくる。

「これ、なに?」

・・・今までまともな食事をしてこなかった子供は料理の名前も知らないのか。
そう思うと不憫に感じ、特別優しく料理の名前を教えてやることにする。

「これはな、スープだ。s o u p 」
「スープ・・・。」
「そうだ。ほら、食べてみろ。腹が減っただろう?」

まだ警戒しているような様子の子供の口元に少し冷ましたスープをのせたスプーンを運んでやる。だがそのスプーンは小さな手によって押し返された。
子供がやたらと真剣な顔つきで言う。

「たべて!」
「え」
「たべて!」
「俺は、」
「いいから!」

まずは俺にスープを食べろということらしい。
こいつは頑固にも俺がスープを口にするまで自分は食べないつもりらしく、腹の虫をなかせながらまっすぐにこちらを見つめてくる。そんな忠実な犬みたいな目で見るな。俺はお前の飼い主じゃあないんだぞ。飼い主が一口食べるまで待てをしろなんて躾は俺はしてないんだからな。

またひとつぐうと腹の虫。

あぁ、もう。おおきな蒼い瞳と腹の虫に根負けをしてスープを一口すする。

「ほら、うまいから、お前も食え」

皿を子供の方へ押しやると、今度は皿を抱えてものすごい勢いで食べはじめた。
やっぱり、かなり腹が減っていたんじゃないか。まったく世話のやける子供だ。

「うまいか?」
「うん。おいしい!」
「はは、そうか」

まったく世話のやける子供だ。食べ物で口の周りを汚しながら、その顔を輝かせて旨そうにスープを食べたりして。




目の前にお皿が置かれた。
これはなんだろう。一見スープのように見えるけど、見たことのない材料が入っているし、色もなんだか濁っていて食べ物らしくないような。
ぼくが食べるのをじっと窺っている黒の人に念のため聞いてみる。

「これ、なに?」
「これはな、スープだ。s o u p 」
「スープ・・・。」

なんだかとっても優しい顔で教えてくれた。そうか、やっぱりスープなんだ。

「そうだ。ほら、食べてみろ。腹が減っただろう?」

こんなにも優しい顔で食べろと言うんだから変なものじゃないんだろうな。でもこの人も「料理を作るのは久し振りだ」とかさっき言っていたし、これを食べてお腹がいたくなったりしないかな。
実は今(というかずっとなんだけれど)とってもお腹が減っているけれども、食べても大丈夫かな。頭の中で「減ったお腹」と「痛くなるかもしれないお腹」を天秤にかけてみる。

「ほら、食べてみろ」

促されて決心をする。きっとこの人が作ってくれた料理だもの、大丈夫。でも・・・。

「たべて!」
「え」
「たべて!」
「俺は、」
「いいから!」

この人にまず一口食べてもらって、反応を見てから自分が食べてもいいかな。とにかく先に食べてもらうように説得をする。
お願いだから食べて!と、じっと見つめていたら、黒の人は「仕方ないな」と肩をすくめて一口スープを口に含んだ。
・・・とくに不味そうでも体に悪そうでもないみたい。
それを確認するとお皿を抱えてぼくもスープを食べはじめる。

「うまいか?」
「うん。おいしい!」
「はは、そうか」

ぼくが「おいしい」と言うと、黒の人は今までよりももっといい笑顔になってうれしそうになった。
なんだかその様子を見てるとぼくもうれしくなって、その後何度も「おいしい」「おいしい」とスープをたいらげた。




アパートメントのダイニング。きっちりとセッティングされたテーブルにスープの入った皿とシルバーの食器が二人分用意されている。

「たまにはこういうのもいいかと思ってv」

ダイニングルームの入り口で、呆然としている自分をマスターは上機嫌で背中を押し椅子に座らせる。

「お前さぁ、昔俺の作ったスープ好きだったろう♪」

あまりに楽しそうにマスターが言うので「今の私たちに食べ物は不要でしょう」とも「食べ物などもったいない」とも言うのも憚られ、仕方なしにありがたく頂くことにする。

「いただきます」
「あの頃のクリスはかわいかったなぁ。俺の作ったスープともいえない代物をおいちい、おいちいって夢中で食ってさぁ。それでたまにまともな物が手に入ると、俺にも食えってきかないんだよな・・・・・・」
「・・・・・・」

嬉しそうに、延々とマスターは思い出話をしている。
事実とマスターの思い出は少し違っているようだが、その辺のところは誤解させておいた方がお互いに平和だろう。






マスターに毒見をさせる腹黒ちびクリスです。
少しでも笑っていただけたら嬉しいのですが(~~)
ちょっと前に4コマ漫画で描こうと思ってたネタです。描こうと思ったんだけど、漫画が意外と難しくて没になったのでした。
こんなネタで長々と失礼しました。


2010.08