※attention!!※
しつこく注意書きしてごめんなさい。一応念のため。
この作品は薬物使用と登場人物の若干の人格崩壊の表現を含みます。
えろはありませんので期待されませんよう。
以下はあくまで創作であり、薬物の乱用をお勧めする文章ではありません。むしろ乱用はダメ、絶対!
上記の理由から18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

大人で良識ある方のみ下にお進みください。
























masquerade



 夜の庭園は初夏の風が吹いて、そこここに咲き乱れる花の香りを揺らしている。
 屋敷を見れば、いくつもある部屋の窓々から人々のさざめきと共に灯りがもれていた。
 屋敷に向かいながらクリスはマスクにつながるリボンを頭の後ろで結ぶ。人工の皮膚が目立つ顔を隠すのに目元を覆うマスクはぴったりだ。
 風がまた吹いて、ひらり、丈の長い上衣の裾とリボンを舞わせた。歩道に敷かれた砂利が歩を進めるたびに軋む。
 開け放たれたサロンの大きなガラス製の扉まで近づくと、何の躊躇もなくさも当然という様で部屋に入る。中は人々の纏う香りと焚かれた香、あちこちでグラスを合わせては飲み干される酒……様々な香りが入り混じっっていた。談笑する人々はそれぞれに目元を覆うマスクを装着していた。色鮮やかな羽飾りのついたもの、スパンコールのついたもの、細密な装飾の施されたもの・・・様々な趣向を凝らしたマスクが見られたがどれも高価なものばかりで、ここに集まった者達がそれだけの財力を持っていることは了然だった。
 富を持つ者がすべて品行方正であるはずもなく、身にまとう衣服が大きく露出したり羽目を外し過ぎた客(あるいは夜の商売の者かもしれない)の中には半裸の者も見えて、これがどういった類のパーティかはクリスにも明らかで苦々しい気持ちになる。どうせマスクも乱行をするうえで邪魔な身分を隠すものなのだろう。
 人々が飲み、踊り、笑う広間をぐるりと見渡すが標的は見当たらなかった。
 別の部屋を当たろうと人波をすり抜ける。
 クロムのマスクで顔を覆ったクリスは、それでも灯りを反射して光る金髪と持て余すばかりに長い手足、しなやかな身のこなしを隠せるわけもなく、魅力的な獲物に目敏い女達の手が「一緒に楽しみましょう」と腕に腰にと絡みついた。手の持ち主たちに興味を持たないクリスは身を翻してそれらから逃れる。
 広間を出たホールでくんと鼻をならして標的を探す。鋭い嗅覚も、獲物を探す眼光も猟犬のそれだ。脳内に仕込まれたデータが、唯一人を探して音も無く稼働する。
 どうやら彼は階上に居るようだった。



 二階の廊下に出ると両側にずらりとドアが並ぶ。ゲスト達に用意された客間のいくつかは在室のようでドアを通して人の話し声や物音した。その中から一人の気配を探す。絨毯の敷かれた長い廊下を慎重に進みながらクリスは戦闘に邪魔な手袋を外し、隠し持っていたふたつの剣を滑るように取り出した。彼の居る部屋を探すのは難しい事ではない。血の匂いを探せばいいのだ。
 ひとつのドアの前でクリスは立ち止った。
 重厚な木の扉のノブをノックもなしに捻ると鍵は掛っていなかったのかすんなりとクリスを部屋へ招き入れた。
 室内は、いくつかのランプが灯るのみで薄暗くそして生温かい空気が淀んでいた。
 一間だが充分に広い部屋で最初に目に入ったのは中央に置かれたベッド。大人の男が三人は横になれそうな程の大きな天蓋付きのそれは、シーツがぐしゃぐしゃに乱れ、それから何かで汚れてとても眠るに適しているとは思えなかった。
 そのベッドの上に黒い塊が見えてクリスは片眉を上げる。

 ――― 見つけた。

 塊は蹲る男だった。
 その下にはもう一つの男の体。それに覆い被さるようにしてのしかかり首筋に吸い付く男は唇からはちゅうちゅうとちいさな音を洩らした。嚥下する度に頭が揺れて、そこから醸し出される淫靡な空気に初心な者であれば目を逸らしてしまったもしれない。
 クリスは目を逸らさなかった。彼こそが探していた獲物。真祖吸血鬼だった。
 手に持つ剣を構えようとしたところで動きをぴたり止める。無意識のうちに止まってしまっていた。
 蹲っていたものが、ゆっくり、ゆっくりと首を擡げる。

 クリスは背筋に冷たいものが滑る感覚を覚えた。
 それは、探し人の足元に横たわる男の喉が半分消えていたせいではない。吸血鬼が思い余って、また力加減を誤って獲物の肉を喰い千切るくらいは珍しい事ではなかった。それくらいで怯んでいてはハンターは務まらない。
 彼が、口元に咥えていたものをぽろりと落とす。ぴちゃりと落ちたそれはまだ少しの血を含んでいてシーツにシミを作った。獲物の肉を咥えていた犬が、鳴き声を上げようと口を開いた途端に落としてしまった。そんな無邪気な種類の仕草だった。だが口から洩れる吐息のような笑いはあまりにも艶を含み無邪気といえる代物ではなかった。
「ふ、…ん…く、くくく…」
 喉笛を噛み切られた男は、まだ生きているようだった。晒された肉がひくひくと蠢いてなんとか肺に空気を取り入れようと試みるのが見て取れた。だが、絶命は間もなくやってくるだろう。クリスは力尽きて死んでいく虫くらいには可哀そうだと思った。けれども光に焦がれて火中に身を投げる夏の虫を哀れだと思う者はない。ここが『吸血鬼の館』と知っていながら好き好んでやって来た愚者に同情の余地はない。
「…『麗しの吸血鬼』、を得よぅと…こ、いつらは、禁断の蜜を…使った。ふふ、…それ、が、己を滅ぼすとも…知らずに…」
 彼、ピジオンは回らない舌で歌うように告げる。ゆるりと首を巡らせベッドの向こうを見た。そこにはもう一人他の男が転がっていた。男は口から泡を吹いて既に絶命していた。首には二つの小さな穴。傷がそれだけだったのは幸いだったろうか。
 ピジオンは死体をうっとりと美しい物を見るように眺めて、白い手はシーツの上を彷徨っていた。何かを探すように。
「はぁ…」
 探し物を見つけて安堵の息を吐く。探していた物は銀でできた手のひらほどのケースだった。無駄だと思う程に装飾を施した中から注射器を取り出すと、ほんの躊躇も無く手首に針を突き刺す。中の溶液が体内に入ると同時にピジオンは顎を上げ、仰け反った体勢で身体を震わす。さっきよりも更に顔が弛緩して、赤みを帯びた目元は今にも涙を流さんばかりだった。
「あ、…はぁ、…ん…」
 立ち尽くしたままクリスはピジオンの様子と、部屋の情報を集める。ピジオンが座り込んだベッドの上と周りには指先ほどの小瓶が両手の指の数ほど落ちている。それから注射器。『禁断の蜜』とピジオンが言ったそれは間違いようのない代物だった。ピジオンの様子と敏感な嗅覚は薬の種類までも判別していた。「人間が一生のうちに得る快感の合計を上回る程の快感を、ほんの一回の接種で得られる」といわれるその薬は、その毒性も桁外れなはずだった。仮に転がった瓶の数だけを3人で分け合ったのだとしたら、それは生きている方が奇跡というものだ。それが「人間」であればの話だが。
 床に転がる男も首を半分失った男も、どちらも薬物を摂取したのは間違いない。愚かなことに、それを用いて「麗しの吸血鬼」を意のままにしようとでも考えたのだろう。それが返り討ちにされたというだけのこと。なんという愚行。
 クリスの脚を動かないただの棒きれにしてしまっているのは、薬物でも、絶命した男達でもなかった。
 ピジオンの、我を忘れたような恍惚とした姿、それこそが恐ろしかった。
 彼が血を啜るところは見たことがあったが、今回のように想像を絶する快楽に身を震わせている彼は初めてだった。チャリ、畏怖の念から両手の剣を握り直したのは本能だった。生身の手であれば汗をびっしょりとかいていたに違いない。
 今の、全身が弛緩したような状態の彼であれば滅ぼすことも容易いはず―――。そう思い直して、クリスは勇気を奮い立たせる。  剣を構えるとピジオンは嬉しそうにふにゃりと顔を綻ばせる。
「…クリス」
こくん、と喉が鳴った。
「食ぅの…も、気持ちいぃ、…けど、食われ、るなら、お前がいい…」
 全身の毛が、まるで猫のように逆立つのが分かった。逃げたくなる気持ちを無理に押しこんで、カチンと剣先を合わさる音を合図にベッドにへたり込んだままの標的に飛びかかる。
 剣先がピジオンの体を突き刺す感触があった。
 だが実際に突き刺したのはベッドだけで、剣を引き抜けば、衝動で中に詰められていた羽毛が辺りに舞った。
 すばやく床に降りて見失ったピジオンを探そうと思えば、次の瞬間には彼は目の前に居る。近すぎる距離は戦闘には不利で、一歩距離を取ろうと踵を滑らすと、どうしたものかピジオンは足を絡めてクリスに尻もちをつかせる。絨毯に剣が落ちてちいさくリバウンドした。薬物に侵されようともピジオンはピジオンだった。並外れた身体能力はいつもクリスの想像を上回り大人が子供と遊ぶように容易くあしらわれてしまう。クリスは舌打ちをした。
「…また、腕を…上げた、んじゃ…ないか?」
 回らない舌で、それでも成長した子供を喜ぶ親のような言葉を紡ぐ。
 へらへらとにやけた顔で転倒したクリスに跨るピジオンは、他の者が見れば唾を飲み込む程に妖艶な空気を醸し出していたがクリスが感じるのは嫌悪だけだった。自分の上にある身体は薬がもたらす快楽に火照っておいしい血の匂いをあたりにまき散らしている。腹にかたいものが当たってそれが一層熱を持っているのにも吐き気がするほど嫌悪する。そんなクリスにお構いなしに「クリス」と愛おしそうに呟き、乱れてボタンもろくに留まっていないシャツを床に落とした。晒された肌は傷一つなく滑らかで、ベッドの上で絶命した喉を失った男の干乾びた肌とは対照的だ。ランプの暖かい光がピジオンを照らしてクリスは喉が渇いたと思った。
 そんなことは承知の上のピジオンは蕩けるような顔でクリスを覗きこむ。
「…食べ、て」
 しろい指が、クリスのマスクを額から鼻先までそっとなぞった。それだけで金属でできたマスクはふたつに割けて床に滑り落ちる。
「ふ…く、くく…」
 嬉しそうなピジオンの顔。クリスの喉は張り付くくらいからからだ。でも、薬で汚染された血を飲む気には到底なれなかった。今にもくずおれそうな程に弛緩したピジオンを、もうこれ以上見るのも我慢できなかった。クリスは涙ぐむのを自覚したが今は泣いている場合ではなかった。
 ピジオンは晒されたクリスの額に、頬にキスを落として満足そうにしている。
 投げ出された腕が剣を掴んだのは咄嗟のことだ。掴んだ瞬間に身体の力を振り絞り勢いで上体を起こす。そのまま剣をピジオンに突き入れた。剣を両手で握りしめたまま押し倒すと、ぐらり、刺された身体は床に落ちる。心臓は外したが腹を貫通した剣は床とピジオンを縫いとめた。これくらいでは彼は死なない。
「く、ふ…、はは…」
 ゆらりとクリスは立ち上がった。、神経がかなりすり減らされた感覚に呼吸をひとつ。これ以上の戦闘は無理だった。床に縫いつけられたピジオンは流れる血で絨毯を汚し、それでも笑っていた。

 クリスは、この場から一刻も早く立ち去りたかった。なんて脆弱なハンター。自己嫌悪に目眩がしそうだった。
 身を翻すと部屋を横切り、締め切ったカーテンと窓を開いた。初夏の風が吹きこんでランプの灯りが揺れた。階下では宴が続いているらしく人々のさざめきが聞こえてくる。外の空気は新鮮でほっと息が洩れた。窓から身を乗り出す。
「次こそは、必ずあなたを」
 クリスは捨て台詞を吐き捨てると窓から飛び降ると夜の闇に消えていった。
  





【後記】

ピジオンはもう既にマスターじゃないですね。すみません。
ラリったピジオンはセクシーなんじゃないかと思ったんですが、そうでもなかった。想像力のない自分が残念。
でもwikiで某有名なオクスリを調べたら king of drug !! ものすごい作用の物があって、これってピジオンの暇つぶしにいいんじゃないの?と使ってしまいました。「人間の一生分の快感を〜」っていうのはまんまwikiの引用です。すげー薬があったもんですね。どんな快感か想像もつきません。とりあえず普通の人間がこんな薬使ったら待っているのは死か廃人だな。禁断症状もそれはそれは恐ろしいものらしいですよ。
ところで。今回ピジオンが崩れてますが、崩壊すればするほどピジオンよりもクリスが可哀そうになってしまって、ごめんね!ごめんねぇ!と思いながら書いてました(笑)。
絶対、こういうシチュエーションでダメージを受けるのはクリスの方だと思うの。