※attention!!※
作中登場人物の軽い絡みがあります。チャーリーはほもじゃないわっ! と思ってる方は読まずに戻られることをお勧めします。



N VALLEY 1



 レイフロが行きたいと言ったのは、自分達が住むサクラメントよりも西に60マイルほど車を走らせたところにある丘陵地帯だった。
 緩やかな地質でありながらも、その地名にvalley「渓谷」と付いているのは、周りを低い山脈に囲まれた土地であるからかもしれない。
とにかく、そこは自然が多く風光明媚なところで自然豊かなカリフォルニア州においても屈指の観光地なのである。現地に到着すれば起伏のある道路の両側は、ブドウ畑の緑の葉に覆い尽くされることになるだろう。そこは州内、いやアメリカ国内においてもワインの産地として有名なのだ。

「シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニョン〜♪ チェリーは何が飲みたい?」
 西に延びるフリーウェイ80号を走る車中、チャーリーが慎重にハンドルを握る隣で、数時間のドライブながらすっかり旅行気分のレイフロはブドウの種類を並べたてておかしな歌にしてしまっている。
「メルロ〜、カベルネ・フラン♪ やっぱり赤は外せないけど、最近のチェリーにはロゼも似合いそうだよな。かわいいチェリー君にはバラ色のワイン〜♪」
「可愛くもありませんし、チェリーでもありません。すっかりワインを飲む気になっているようですが、到着は夜明け前ぎりぎりになってしまうかもしれませんよ。現地に着いたらすぐにでもお休みにならないと」
 走行車のまばらな道路の先を見たままチャーリーが返す。深夜のフリーウェイは交通量が多いわけではないし時間には充分余裕があるので到着時間が予定より遅れることはないだろうが、それでも万が一夜が明けてしまえば大変なことになる。なにしろ今回はレイフロの意向で棺を持参していないのだ。真面目なチャーリーは安全運転を心掛け、慎重にメーターを確認して制限速度の65マイルを超えないようにしながらも若干アクセルを踏み込む。
「焦らなくたって時間は充分余裕があるし、道は空いてるんだから大丈夫だろ? それよりもせっかく密室に二人だけなんだから会話を楽しもうぜ! 見ろよこの夜空を。都会じゃ見れなくなった星が瞬いているじゃないか!」
 チャーリーの心配をよそに、レイフロは目を輝かせながら窓にへばりつくようにして、晴れた夜空を覗きこんでいる。大げさな手振りで指示されたのは満天の星空。車外は農地や草原が広がって、夜間で暗いながらも視界が拓けている。単調な景色が続くので風景を楽しむという気分にはならないが星空は別のようだ。たしかに都会であるサクラメントでは存分に星空を楽しむことはできない。が、安全運転と到着時間を最優先させたいチャーリーに瞬く星を楽しむ余裕はなかった。
 自分ばかりが気を揉んで、レイフロはのんびり構える。それはいつものことであったが、少しばかり言葉に刺を含ませてしまうのは仕方がないことだろう。
「あれもこれも持っていきたいと駄々をこねたせいで、旅の準備に時間がかかって出発が遅れたのは誰のせいですか」
 誰のせいで焦っているのか分かっているだろうに、のんびり構えるレイフロにイラついてしまう。行儀悪くダッシュボードの上に乗せている長い脚をハンドルから離した右手でぱしりと叩くと「ちぇ〜、チェリーの怒りんぼ」とかなんとかぶつぶつ言いながらも素直に従う。
 脚を下ろしてシートに落ち着いたレイフロにほっとしたのも束の間、いつの間に取り出したのか煙草を咥えて「チェリー、ライター持ってない?」などとひとの胸やパンツのポケットをごそごそ漁って神経を逆なでるようなことをする。普通、運転中の人間にちょっかいを出したりしますか?!
「持っていません」
 運転に支障のないよう、右手だけを振って体を探ってくるレイフロを牽制する。
「お前自体が歩く銃火器だもんなぁ、ライターなんか必要ないって?」
「火炎放射気で煙草ごと黒焦げにされたいんですか? そもそも車内は禁煙です」
「えー、煙草の匂い嫌いじゃないだろ?」
「それでも車の中まで匂いが染みつくのは嫌なんですよ。教会関係者を車に乗せることもありますし、とにかく煙草は困ります」
「じゃあ一本だけ」
 言うなりレイフロは自分の尻のポケットから取り出したジッポーをぱちんと開けて咥えた煙草に火を点けようとする。
 自分でちゃんとライターを持ってるんじゃないですか! 何のためにわざわざ運転中の人間の身体を探ったりなんかしたんですか!! という突っ込みは心の中ですることにした。なんだか温度差の違うマスターとのやり取りにちょっと疲れてきた。
 本当はこうしてレイフロと余暇を過ごすのは自分だって嫌ではないのだ。ドライブだって苦になるわけではなく、逆に的確なハンドルやペダル捌きは自分に向いていて楽しいとさえ感じる。狭い車内でふたりで他愛無い会話をするのだって親密度が増しているようでうれしい。ただ長年の憎悪を挟んだやりとりが染み付いて素直に接することが難しいのだ。自分でレイフロとの間に壁を作ってしまっていることがチャーリーを更に苛立たせていた。
 そして車内での喫煙は看過するわけにはいかない。煙草の先端へ火が届く前にチャーリーはジッポーをレイフロの手から掠め取って自分の胸ポケットへ落としこんでしまった。休暇だからといつものシャツにネクタイの組み合わせではなく、ラフなカットソーを着てきた胸ポケットの中でいやにジッポーが重たく感じた。
「あ、何するんだよ!」
「一本だけでも許したら、どうせ次が欲しくなるでしょう? そういうだらしない姿勢は好きじゃありませんので」
「うっそ、俺みたいなだらしない奴が好きなくせに」
「・・・・・・」
 それは「だらしない奴」だからではなく「あなた」だからでしょう?
「だんまりかよ〜」
「・・・・・・」
 レイフロの挑発に乗ればおかしなことを口走ってしまいそうなのだ。正面を見据えて運転に集中している振りをするチャーリーを、レイフロはじっと見つめて、やがて口端を上げる。勘のいいレイフロは口をつぐんだ理由などすぐに察してしまうのだ。しばしの沈黙に嫌な予感がした。
「なぁ、チェリー?」
 ひときわ低く、甘く呼ぶ声も聞き流すと、隣の気配が動いた。
 素早く動いたレイフロの手が、運転席と助手席の間のレバー、サイドブレーキを引き上げる。
「っ、何を?!」
「わぉわぉ!」
 時速約65マイル(100km)で走行中の車のサイドブレーキだ。ふたりを乗せた車は方向感覚を失ったように大きくリアを振った。窓の外の風景がものすごいスピードで横へ流れる。チャーリーは咄嗟の判断でハンドルを逆方向に切るが、方向は修正されず更に明後日の方向に車は進もうとする。もう一度ハンドルを切る。そして的確な位置でブレーキを踏んだ。車が横滑りしながらも停止する。幸いにして路肩をすこし外れたところに止まることができた。車窓の外はもうもうと砂埃が舞ってタイヤの焦げた匂いがしていた。一歩間違えればスピンして横転、近くに対向車でもいれば大事故に繋がりかねない状況だった。これまた幸いなことに周りに他の車は走っていないが。
 修羅場をいくつも潜り抜けてきた元ハンターといえども鋼の心臓を持っているわけではない。ばくばくと大きく鳴る心臓、手はじっとり汗を握っている。気持ちを落ち着けるようにハンドルに縋りついて一息つくとチャーリーはレイフロに掴みかかろうとした。
「あなた自分が何をやったのか分かっているのですか?! このレバーが何だか分かっているのですか?!」
「ブレーキだろ。対向車と後走車がいないのはちゃんと確認したぜ?」
 レイフロは掴みかかられる前に運転席のチャーリーに覆い被さるようにして、飄々となにくわない口調で告げる。チャーリーの腰の脇に膝をついて、手はシートサイドを探っているようだ。
「そしてこれはシートの角度調整のレバーだな」
 ついこの前までエンジンの始動のしかたすら知らなかったレイフロが、勉強したんだぞ、とレバーを引けばシートに押し付けられた身体はシートごと後ろに倒されてしまった。
「なに、を・・・」
「だってチェリーが構ってくれないし。アドレナリンが足りないと思ってさぁ。楽しかったな!」
「楽しかった、じゃないですよ。私と心中したいんですか」
「あ〜、それもいいかも。自動車事故くらいで死ねるんならな」
 さっきまで危険行為に憤りを感じていたが、自分に乗りかかって心底楽しそうにしているレイフロの様子に毒気を抜かれてしまった。さっきの驚愕に心臓がまだどきどきしているが、これもアドレナリンの効果なのか、なんだか怒りよりも笑いたい気分になってきた。レイフロが無邪気な様子で自分を見下ろしながら頬を撫でたからかもしれない。
「それで?」
 あなたには敵いませんと、犬が腹を見せるように負けを認めてされるがままになりながら問えば、ご褒美とばかりにキスが降ってきた。
「煙草の代わりがほしい」
 もう一度触れるだけのキス。密着せざるを得ない狭い車内で、更にレイフロは膝を進めて間を詰めた。二人の上半身の間にはほんの僅かな空気しか入る余地はなく、そこは熱く湿り気を帯びてきている。チャーリーがされるがままになっていると、軽い接触が顔中に降る。レイフロに上からキスをされると癖のある髪があちこちに触れてちょっとくすぐったい。髪が落ちてこないようにと、こめかみから手を差し入れて押さえる。笑った気配がしてまた唇にふんわりとした接触。車内は暗いし窓を背後にしたせいで逆光になってレイフロの表情がよく見えない。向こうからはこちらがよく見えているのだろうな、と思うとどんな表情をしたらいいのか分からなくなる。
「くくっ、それにしても」
 顔を上げると見下ろしたレイフロは楽しくて仕方がない様子でチャーリーの黒いカットソーのV字に開いた襟から手を忍ばせ、素肌を堪能する。
「あんなに小さかったのに、ずいぶん成長したよなぁ。何を喰ったらこんなにでかい図体になるのかね」
「この百年、ひどい偏食をしているのは誰よりもあなたがご存知でしょう? ・・・それよりも苦しいのですが」
 服の下からデコルテを撫でていた手は今では肩に辿り着いて不埒を働こうとしていた。肩を晒そうと思えば襟が引っ張られて詰まった首元が苦しい。
 苦情を難なく聞き流すと、露わになった場所に口をつけ、空いた方の手はのばしてチャーリーのうなじ、今はコードの刺さっていないコンセントの縁をくるりと撫でた。当然神経の通っていないそこを触っても反応はなく、それではと生身の肌と機械の部分の境目を爪でかりりと引っ掻いた。今度は触感が働いたらしく、手の動きを邪魔をするようにチャーリーが頭を軽く揺する。
「それにしても、マジで狭いな! このまま続けたら足かケツでクラクション押しそう」
「公共の迷惑になることはやめてください。鳴らしたら放り出しますからね」
「車の中ってこんなに狭かったかな」
「それは『誰の』車の話です?」
「リムジンだったらちょっとくらい『何か』をしたってどこにもぶつからないのにな!」
「いつ、リムジンで『何か』をしたんです?」
「すっごく昔の話だから許して〜」
 お互いの体を探りながら軽口をたたき合う。調子に乗って嫉妬を煽りすぎたか、チャーリーに下から首を押し上げられてわずかに体を引き剥がされた。離されてたまるかと前傾の姿勢に力を入れれば、それをさせまいと首に掛った手に更に力がこもる。ちょっと本気で押してる? 息ができなくて苦しいんですけど! そしてそんなに押したら体が当たってクラクションを鳴らしてしまうぞ!!
 あちこちを触られたせいで、チャーリーだって嫉妬以外にも煽られているはずなのに、平静を装って睨むような視線を向けてくる。下から咽頭を圧迫され困難になった呼吸を楽にするために顎を上げて、それでも視線はチャーリーから離せない。こんな状況で口元が緩む自分は本当に被虐嗜好が過ぎる。だって堪らない、この顔。そんな雄の顔で見据えられたら全部食べたくなってしまう。食べられたくなってしまう。レイフロはこくり、掴まれたままの喉を鳴らした。
「こんな道端に駐車してクラクション鳴らしたら、ナニをシてるかバレバレだな」
 もっと強い視線を感じたくて煽るような言葉を続ける。苦しい程に喉を押されても、手は肩から腕に胸にと這わせたまま。
「でももう既にバレバレかも。窓が曇ってきてる」
 チャーリーは首を傾げて窓を見上げた。たしかにレイフロが「素晴らしい」と讃えた星空が曇ったガラスに遮られてよく見えない。水蒸気を発する程に既に自分たちの体が火照っていたことに軽く驚愕する。その時、星の代わりにきらりと光りを弾くものが目についた。車道を車が自分たちの脇を通り過ぎるたびにライトが車内をすり抜けていく。その時に薄く開いたレイフロの口内、濡れた歯が光を反射したのだ。漂白した白さではなく、自然な白さの規則正しく綺麗に並んだレイフロの歯。大きく口を開けば発達した犬歯も見られることだろう。自分達にとって商売道具ともいえるそれは、まるで珠のように固くて美しい。
 美しいものを触りたいと思うのは自然の摂理。チャーリーは触りたくなって喉を押していた手を移動させた。
 まずはそっと唇を押して、そのまま口内へ人工の指を差し入れた。まずは前歯を撫でて、横に一本ずつずらしていく。すぐに尖った牙に辿り着いた。決して自分には突き立てられることはないが、他人を噛んでいるところなら数度目撃してしまったことがある。思い出しただけで息苦しくなるこの感情は嫉妬だろう。この先この歯が自分以外の誰にも触れないことを願うが、それはあり得ないことではないだろう。自分の想いは理不尽なものだと理解しつつも、独占したい欲に任せて強めに牙を摘まんだ。親指と人差し指で摘まむようにして擦ると舌が絡みつく。口を開かせたまま牙を弄っているのだから呼吸がしづらくて苦しいだろうに、レイフロはこんな色事の最中に雰囲気を壊すような声はあげたりしない。ただ薄眼を開けてチャーリーの指を味わっているだけで声にならないような音を交えて吐息を洩らすだけだ。チャーリーを見下ろす体勢なので開けた口の端から飲み込めない唾液が溢れる。歯と舌を伝って指も濡らされ、暗い車内で弱々しく光を反射させた。
 肌を伝い顎の先まで雫が落ちたところでチャーリーは首を伸ばしてそれを舐め取った。たとえそれが血液以外のものだとしても、彼の体液を無駄にするなんて考えられない。血液とは異なるが、口に含んだそれは甘露の味わいだった。舐めればざり、と舌に引っ掛かる髭の感触も好ましいと思う。
 これ以上はマズいな。
 レイフロに押されてこの状況に流されたが、こんな野外ともいえる車中でこの先まで続けるつもりはチャーリーにはなかった。以前、空腹が限界に達した時に車内で食事をしたことはあったが、それは例外であって、保守的な考えの持ち主チャーリーはいつでもどこでもオンになるようなスイッチは持ち合わせていない。というか正直持ちたくない。できることなら然るべき時に然るべき場所で行為に及びたいと思っている。けれどもこれ以上続けたら箍が外れてしまうのも明らかだ。
 舌を伸ばして顎から口へと伝った唾液を舐め取って、誘い込むようなレイフロの舌に応えて咥内をぐるりと一周したあと口を離す。
「もう10分以上経ちましたね」
「んン?」
 唐突なチャーリーの言葉に、さすがのレイフロも間の抜けた声を上げた。
「あなた『煙草は1本だけ』と言ったでしょう? その代わりであれば煙草1本分の所要時間、およそ10分の口寂しさを紛らわせられれば充分では?」
「この状況でそんなこと言うなんて、お前本当に空気読まないな」
「どうとでも」
 レイフロの肩を押して、倒されていた上体とシートを起こすと、乱れた服を直してからチャーリーは手を伸ばしてダッシュボードから携帯用の灰皿を取り出した。
「車外でしたら喫煙可ですよ。」


 それから数分後、レイフロは満天の星空の下、肌寒い空気の中で携帯灰皿を片手にちょっと納得がいかないなどとぶつぶつ言いながら念願の煙草を満喫したのだった。
 傍の駐車した車に身を凭れさせながら、外の新鮮な空気を何回も深呼吸して、身体に溜まった熱を吐き出そうと苦心しているチャーリーには気付かずに。
  





【後記】

前回の『between the sheets』の続き的な話ですが、これ単独で読んでいただいても問題はないかと思います。
ちなみに更に続く予定ですが、これ単独で完結と見ていただいても問題ありません。
このドライブ話は当初mainに置こうかとも思ってたのですが、意外にも前回のbetween〜がお楽しみいただけたみたいなので、今回も若干の表現を入れて別室扱いとなりました。前回感想をお聞かせいただいた方々に感謝します!

そして謝っておきます。るをいはアメリカの道路状況にも地理にも、また自動車に関しても、まったくもって疎いので多分間違ってる箇所が多々あるかと思います。絶対あるはず・・・ですが、その辺はスルーで!
それでもカリフォルニアのナパバレーには興味あるんですよ〜。サクラメントからも行きやすくていい場所だと思います。ワイン、ワイン!
vassaは世界の有名な観光地を巡るところも魅力のひとつですよね。その辺もリスペクトということで。次は現地に到着だよ! ゆっくりベッドでいちゃいちゃ出来るよ(笑)!
っていうか毎度のことなんですが、文章もぐだぐだで申し訳ないです・・・。自分でも読み返して読みづらいなーとは思ったりしてるんですがうまく書き直せない(>_<)。
そしてえち成分。最近チャリレイでのcar××xの在り方について延々考えていたのに、未遂とか(笑)。詐欺みたいですみません。
でもちょっとは(本当にちょっとだけ)色っぽい描写はできたと思うんですが・・・。足りないところは脳内で補完していただけると嬉しいです。次こそはなんとかしたい(希望)。


2011.10