流鳥様からの頂き物ですv



※時期はミニドラマの、snowのafter とのことです。
(時系列推測で並べてみると、snowが先年の初冬くらい?・三章前後の風邪ネタが自宅だと“エアコンで冷えた”っぽいので暖かくなってからって感じになりますが、このさい出先の別の場所(気温高い)で宿泊中ということで順番逆転しておいてみよう) 流鳥様談。








[Cold fever]



 けふっ、と軽く音がして胸元を押さえて更に小さく咳き込む。
「・・・マスター、大丈夫ですか?」
羽織っている毛布をもそもそと引寄せ直した姿はリビングのエアコン機
器の前にクッションを集めて鳥の巣のように座り込んだまま。
・・振り向かない背に溜息をつく。
大分本気で拗ねさせてしまっただろうか。



 スキーがしたいと言い出した彼の気紛れを聞き入れて山向こうのレイ
クタウンまで出、ウェアと用具を借りてコースに出たまでは良かったが。
マスターに振り回されて即席の“カマクラ”で一夜を明かす羽目になっ てしまった。
 ・・・・実は、本当の問題はその後で。
寝起きに外に出てもう直ぐに夜明けだと気付いた私がつい慌てて、丁度
目を醒まして出ようとしたマスターを外に出さないために、カマクラを
崩して埋めてしまったのだ。
まだ寝惚けていて時間感覚が鈍っていた上に突然のことで状況がさっぱ
りわからない様子の彼に、取り合えず“陽が当たるから出るな。なるべ
く早く戻るから”とだけ言い聞かせて周辺の場所を把握するためにその
場を離れた。
出来れば日帰りするつもりではあったがこのひとと居ると想定外のこと
など珍しくも無く、元々予定が空いていたから一緒に来たのであって、
マスターが調子に乗って夜通し遊びたがるようなら棺は必要かと車に積
んで来てある。
場所柄、スキー用品やソリなど大型の収納ケースなどを運んでいる者も
珍しくは無いので、カバーがあればそれほど不審がられることもないだ
ろう。
ただ、問題は距離で。
腕力的には空の棺は勿論、マスターが入っていても持ち上げることは特
に難しくは無いが、嵩張る上に独力で持つことを想定されていない形状
の物体を雪面の山をそれなりの距離担いで運ぶとなると話は別だ。
かといってそのまま引き摺って歩くわけにもいかない。

 よく、ゲレンデ周辺で吹雪などで迷うとぐるっと回って元の場所に近
付いていたり、小山を越えれば直ぐそこにロッジのホームポイントが・
・・・などという話のオチは珍しくも無いが。
残念ながらそんな“間抜け”なこともなく、足場の都合で回避して動き
回った分だけコースからは離れてしまっていたようだ。
念のために目印を付けながら起伏の多い場所を急いで歩いたものの、積
もった雪に足を取られて、整備された場所まで出るのには数十分程を要
した。
ロッジに辿り着いて、早朝合わせで準備中だったレンタルコーナーで頼
み込んで大き目のソリを選んで駐車場に向かう。
本当はスノーモービルが借りられれば近くまで行くだけでも楽だったろ
うが、あいにくとこのスキー場では安全の為に経験者であるIDカード
を所持しているか事前の講習を受けないと免許を持っていても貸し出し
て貰えない。時間外では尚更だ。
・・環境保護区域も近いので仕方が無いが、こんなことだったら何かの
時の為に取っておけばよかった、と嘆息しても“後の祭り”とかいうや
つだ。
 覆いを掛けたままの棺をソリに紐で固定して載せてカマクラまで引き
返すと、完全に空の色は明るくなってしまっていた。
マスターはもう事態が理解出来ていたのか寒い冷たいヒドイとあれこれ
文句を並べながらも私の言う通りにおとなしく一旦単体蝙蝠化して、ウ
ェアの上着を被せた影から蓋に隙間を空けておいた棺の中に潜り込んだ。
後は棺とスキー用具を積んだソリを引いて元来た道を戻り、借り物を返
却したら車で家に帰るだけだ。
・・・・・の、筈だった。が。
家に帰り着いて、随分とおとなしいなと棺を開けてみて蝙蝠の姿のまま
だったのに驚き、暫くして人型に戻ったのはいいが明らかに不機嫌で。
以降、その調子だ。



 「マスター・・ほしいものはありませんか?
・・・・・そうだ! “Hot Butterd Rum”とか如何ですか?
ミネアに頼んで材料を買って来て貰えば直ぐ作れますよ」
“ホット・バタード・ラム”はラム酒に角砂糖ひとつとバターと湯を加
え、あればシナモンスティックをマドラー代わりに添える名の知られた
ホットカクテルだ。“風邪に効く”といわれていて身体が温まるので寝
酒にも向いている。
マスターは、具合が悪くて寒がっているのに絶対寝ないと言い張ってリ
ビングから動かないのだ。
ヴァンパイアは、体質の関係で通常は大概の不調は長続きはしない。
暖かくしてもう少しちゃんと休めば復調しないだろうか。
「要らない」
素気(すげ)無く一言で答えて、また軽く咳き込んで丸めた肩と背が何と
なく小さく見えて、クッションにしがみついて微かに震えていた小さく
て軽いいきものの姿を思い出す。
・・・棺に入れただけで安心しないで、ちゃんと様子を見ればよかった。
急ぎの用事は無かったのだし、無理に帰らずに何処かで部屋を取って休
めば悪化しなかったかもしれないのに。
そもそも、もう少し私が落ち着いていれば、置いていかずに蝙蝠姿で服
の中に隠して気を付けて連れて行ったほうが早かっただろうな。
額を抑えて改めて溜息をついてから。
歩み寄って後ろに屈み、髪を除けて額に手を当ててみた。
熱は無い。
・・・・・・というか、冷たい?
先程からずっと温熱状態のエアコンの前にいるというのに、何故。
首に触れて脈を確かめようとすると、むずかるように身を捩って避けよ
うとする。
肩を押えて確認してみたが、指先に触れる脈動は普段よりも遅くてやや
弱い。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
ふと。
今は冬なのだということに気が付く。
「・・・・。
マスター。
・・まさか。
蝙蝠の状態で冷えたせいで、“冬眠”モードに入り掛かっているんです
か?」
人間は、冬眠しない。
が、氷の川や冷水に落ちたものが時折助かることがあるように、全身を
均一に一気に冷やすと“仮死”に近い状態になることがある。
自分は色々と規格外のために自覚が薄いが、ヴァンパイアは一種の“半
死者”だ。
状況によっては、棺やそれに準ずる状態で自ら長い長い“眠り”に就く
ことがあるという話は聞いた事がある。
蝙蝠は、冬眠をする種類がいる。
周囲が暖かくなると一時的に目を醒ますこともあるようだが、上手く再
び“冬眠”に入ることが出来なければ、深く眠りながらエネルギーだけ
を消費してそのまま死んでしまうこともあるらしく。
その姿をとるということは、特性的にも何らかの影響があってもおかし
くはない。
「・・・・・・。
マスター・・・・」
彼が死んだら、と想像したことは、“あの時”までは幾度も幾度も繰り
返し繰り返し折々に考えたことがあった。
・・・何の役にも、立ちはしなかったが。
けれど、“ずっと眠ったまま”になるなんてことは考えた事は無かった。
・・・暫く前までの私にとってヴァンパイアは、ずっと“滅ぼすべきも
の”という“建前”だったから。よもやハンター総本山のヴァチカン管
理下の施設に“封印”状態で生かされているものが存在したなどという
ことも知らず(・・・・・知っていたら妙な“夢”をみそうなので知らな
くて良かったが)。
せいぜい、軽口の応酬で「眠っていれば静かなのに」とか言うそんな程
度のもので。
どうしよう、と酷く不安に駆られて毛布に包まれた肩を両腕できつく抱
き竦めた。
身動ぎして、また小さくこふっと咳をした彼が。
毛布の隙間から怠そうな動作で右手を出して、その腕に軽く掴まる。
「・・・・・・・マスター。
どうしたらいいんですか?
どうしたら、眠らないで済むんですか・・・?」
やや間があって。
こふん、と咳と吐息の混ざったようなものが聞こえた。
「・・・。
俺に、起きててほしい、か?」
「・・・・・。
はい」
少し腕を緩めて抱え直すと、今度は咳ではなくて聞き慣れた喉の奥で笑
う音がした。
「・・・・・。
ん。
じゃ、・・一緒に寝てくれ」
囁くような声がゆっくりと告げる。
・・・・・。
「はい?」
眠らないために、寝る?
・・・・・・・・。
sleepには睡眠以外の意味もあるが、いや、その・・
狼狽(うろた)えて応答に詰まると、ややあってくすりと笑う音が耳に届
く。
「・・・・・。
・・なーんで、そんな時ばっかり“察しがいい”んだ、おまえは。
違う。
言葉通りだ。
・・・一緒に、“眠って”くれ」
・・・・・。
念を押すように言い直された単語をよく考えてみる。
「何故、一緒に眠れば解決するのですか?」
問い返すと、溜息のような苦笑が零れる。
「暖かくて、心臓の鼓動が聴こえるいきものにくっついて。
身体に“普通の眠り”を思い出させるんだ」
また幾度か咳き込んだマスターは、軽く懐くように頭を摺り寄せて掴ん
でいた手に少し力を込めた。
・・・・・・。
冗談では、無い、らしい。
「・・・・・・・・・・。
・・わかりました。
ベッドに運べば宜しいのですね?」
おう、と可笑しそうに笑みを含んだ声音で答えたマスターは、私が腕を
解こうとすると、あ、と声を上げた。
「・・その前に。
なんか食べておかないと。
温度が上がらない」
輸血パックを用意しようとしたが、それは嫌だという。
・・・・我儘なのか理由があるのかわからない・・・・・。
「じゃあ、どんなものならいいんですか」
「飲むものはやだ。
食べるもの」
・・・・・・。
どうしたものか。
そもそもこの家には、普段は私がうるさく言うせいでマスターが自分で
食べる分の調理済みの品やそのまま食べられる菓子や果物の類などが時
々持ち込まれる程度なのだ。
あいにく、現在何かそういう買い置きが可能なものを見掛けた記憶が無
いし、“栄養”になるわけではないのだから取り合えず温かいものが必
要ということになるのだし・・・。
・・・・・・・・・うーむ・・・・。
やっぱりミネアに急いで買出しに行って貰うしか?
でも何にすれば・・・・
・・・ん?
「あっ」
「?」
急に声を上げた私に、不思議そうな気配が向けられるが。
暫く待っていて下さい、と言い置いてリビングを出、自分の部屋に行っ
て急いでキッチンへ向かう。
 5分程して、コーヒーカップにスプーンが入れられているものを持っ
て取って返して来た私を見て、エアコンに背を向けて待っていたマスタ
ーが首を傾げる。
「なんだよ。
インスタント・スープとかも許可しないぞー」
・・・。
もしかして、嗅覚も余り働いていないのか。
「・・違いますよ。
ちゃんと、“食べる”ものです」
傍に膝をついて、カップを差し出して中身を見せるときょとりと瞳が動
く。
「“クズユ”という日本の菓子の一種で、風邪の時にもいいそうですよ。
・・・先日、用事の折に行き合った日本のかたにいただいたのですが、
すっかり忘れてまして・・」
くん、と鼻を近づけて眺めて、漸く仄甘い匂いとスプーンが入っている
理由を把握したらしい。ふーん、としげしげと観察している。
動くのが億劫なのかもしれないと、とろりと柔らかに曇っている半透明
の緑色に小さな数色の粒が飾りのように沈んで散っている半流動体をス
プーンに掬い上げた。
「もうそんなに熱くないと思いますので、食べてみてください。
本物の“クズ”という植物が使われているもので、今では代用品が多い
ので少ないのだそうですよ」
柄の部分を渡そうとしたが、あー、と開いた口に仕方が無いなとそのま
ま口元に運ぶ。
「・・・・。
んー。うん。
も一度」
駄目だコレは。自分で食べる気が無い。
でもまあ、本当に具合が悪いのだから今日は大目に見よう。
「はいはい・・。
全部食べてくださいよ」
食べ易いもののようで、程無く空になったカップの最後の一匙分を飲み
込んで満足そうににこりと笑う。
「・・“ごちそーさまでした”」
日本語のそれは割合耳にする言葉なので知っている。
でも応答に適切な言葉までは覚えていなかった。
「・・・。
じゃぁ、ええと」
言葉に詰まって。
カップをテーブルに置いて。
クッションの中に埋もれかけていたエアコンのリモコンを拾い上げ、オ
フにして置き直してから・・・もうどうにでもなれと思って右腕を差し
出すと機嫌良く首に両腕を回されたのでそのまま毛布ごと抱え上げた。
くっくと小さく笑って、
「多分、“どーいたしまして”って言えばいいんだゾ」
余りあてにならないアドバイスが耳元で囁かれる。
「・・・・。
“どーいたしまして”?」
歩き出しながら鸚鵡返しに繰り返すと、更に笑っていたのでやっぱり信
用出来ないが。
そういえば、先程から咳が止まっていて、ほんのりと身体が温かいよう
な気がする。
・・・良かった。
効果があったのかもしれないな。
安堵と諦観が交じり合った溜息をつく。
「添い寝してあげるんですから。
ちゃんと寝て、ちゃんと起きて下さいよ?」
「・・・。
嘘なんかついてない。
ったく・・
チェリー君は、考えるところがいっつも!ズレてる」
色っぽいおやすみの台詞とか用意してほしいもんだね、と余裕が出来た
のかそろそろ何時ものノリに戻りつつあるのに、そんなオマケはありま
せん、と返しつつ自分の部屋の前まで辿り着いて。
腕の中にいる、一世紀以上付き合ってもまだまだ謎ばかりのいきものに。
「・・手が塞がってるので、ドアを開けて下さいますか」
とお願いしてみることにした。



***



 「〜♪」
目の前では、日本の“ハンテン”という綿入れの防寒具を着て上機嫌に、
何だかわからないフレーズの鼻歌交じりのマスターがくるくるとクズユ
を作っている。
「よっし、綺麗に出来たー!
・・・というわけで。
チェリー、あーんv」
「・・・・・。
いりませんから」
こほっ、と咳き込んで額を抑える。
ああ、頭が重い・・。
 あの時、マスターの体調と“冬眠”に気を取られて自分も“感染(う
つ)る”可能性があることをすっかり失念していたのだ。
仮にも“真祖”ヴァンパイアに影響を与えられるウイルス。不調ではな
いからといって油断した・・ッ。
半透明の白を銀の匙に掬っていたマスターは、ぇえー・・と不満そうに
口を尖らせる。
「看病してくれたから、お返ししようと思ったのに・・・。
チェリーのいけずー」
・・・。
そういえばたまに言うソレを大体ニュアンスで聞き流していたが、どう
いう意味の言葉なんだ。
「・・・ところで。
“いけず”、ってなんですか?」
スプーンに掬ったものを持ったまま、きょとんとした彼は。
間を置いて、ぱくりとそれを口に入れ飲み込んでから答えた。
「・・・・なんだ。
わかってなかったのか。
日本の地方の言葉で、“意地悪”。
・・ってコトらしい」
・・・・・・・。
まあ、普通の意味で良かった。
溜息をついて、ソファから立ち上がる。
「・・あっ
なー、ホントに食わないの?
おまえにも効くかもしんないぞ?」
食べかけがイヤなら、あともいっこあるの作るからさと、お湯を用意し
て混ぜるだけで手軽に様になるというのが嬉しいらしい気配が熱心に呼
び掛けて来るが。
「・・・いいです。
気に入ったんでしょう?
・・本当は貴方にも“必要”は無い筈ですが。
食べたいひとが食べないと、折角の品が勿体ない」
「・・・。
じゃ、添い寝はー?」
「・・・・・。
いりません」
「別の意味のほうはー・・」
「きっちりお断りします」
ああ、普段なら大したことない問答にも気力が消費される・・・・・。
ふらつくのを抑えてドアに向かうと背後からもう一回、妙に打ち沈んだ
響きの声が飛んで来た。
「・・・・じゃー、独り寂しく。
チェリーを“いただきます”する〜」
「・・・・・・?」
疑問符を浮かべて振り返ると、悪戯な表情が口元でにやと微笑って。
カップの中から掬い上げて見せる仕草をする。
「コレ、“サクラ”の花の塩漬けが入ってるんだってさ♪」
「・・・・・・」
当然、予想しておくべき範囲内だった。
頭が働いていない。矢張りとっとと寝よう。
「・・・・・。
貴方が何かやらかさずにおとなしくしていていただければ、直ぐによく
なりますよ・・。
        ・・・・・・・・元気になって良かった。
では、おやすみなさい」
言い切ってさっさと背を向けて歩みを早める。
「・・・ぁ、え、
・・・・う?」
狼狽(うろた)えた声を後ろに残して。



  泡沫(うたかた)の 共寝の記憶を夢の間(ま)に間に
  ただ望むのは この日々こその幾年(いくとせ)をだけ



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『vasめも。』の流鳥さんより、るをいの誕生日プレゼントにといただきました♪
ありがとうございます!
流鳥さんのところのマスターはなんと言ってもかわいいんですよね。なんだこのかわいい真祖は!
もうチェリー、病気にかこつけてでれっでれに甘やかしてあげちゃって!
そして冬眠・・・。思ってもみないネタに、おぉ〜そうきたか! と楽しませていただきました♪


とても素敵な作品ですが、無断転載はくれぐれもご遠慮願います。
どうぞご了承くださいませね。



2012.2