月に酩酊 (呉様からの頂き物ですv)



 チャーリーはソファーに腰掛け、ゆったりと目を閉じた。
 周りを支配しているのは静けさだ。最近は縁遠かったそれを、かつては望んでいたはずなのに。
 彼の心の底に渦巻く鬱屈を払拭したのは賑やかな、賑やか過ぎる声と気配だった。

「よォ、チェリー。久しぶりだな〜」

 語尾にハートが付いているのかと思うくらいご機嫌な美声と共にドアを開いたのは、野生めく闇を纏った美貌の持ち主、レイフェルだった。

「こんばんは。ご無沙汰してました!」

 続いて入ってきたのは、小動物のような可愛らしさと不釣り合いな大きな眼鏡をかけた少女、チェリルだ。
 見知った姿を認めたチャーリーは、鍵がかかっているはずのドアをどうやって開けたのかなどという野暮な事は聞かないことにした。

「マスターでしたら不在です」
「不在で結構。むしろ万々歳だ」

 更にトーンの上がった声色を聞き、チャーリーは怪訝そうにレイフェルを見た。

「ふーん、外見はなかなか立派なアパートに見えたけどな。ちょっと狭くねぇか?」
「勝手に上がり込んだ挙句に文句を言うのは失礼ですよ?」

 そう窘めるチェリルも実行犯の一人だが、チャーリーは先程からツッコミを入れる事を放棄している。
 レイフェルは部屋を無遠慮にぐるりと見回した。

「まぁ、調度品は良いの使ってるみてぇだけど。おおミネア、久しぶりでちゅね〜。元気にしてまちたか〜? 今夜は俺の胸の中で、一緒にねんねちまちょうね〜」

 体を擦り寄せてきたミネアを抱き上げて、レイフェルは赤ちゃん言葉であやした。ミネアは心地よさそうに喉を鳴らす。
 チャーリーは自分のマスターが同じ事をしたら確実に鳥肌が立つだろうと、ぼんやり思った。
 その様子を見て何を勘違いしたか、レイフェルは右手に持った紙袋を掲げた。

「心配すんなって。ちゃんと土産も持ってきてるんだから、立派なお客様だろう?」
「マスター、お土産を渡す時はちゃんと袋から出してからですってば!」

 チェリルがレイフェルから紙袋を奪って中から取り出したのは、ワインの瓶だった。錆びた色合いのラベルに刻まれている銘柄は、ワイン通でなくても幅広く知られているものだ。

「ほれ、遠慮せずにたーんと飲みたまえ」

 横でチェリルが拍手している。飲む前から訳がわからない状況だ。
 これほどまでに態度が大きい客も珍しいというツッコミもまた、チャーリーは放棄した。

「で、そこのチェリーボーイにはポリフェノールたっぷりの葡萄ジュースを進呈だ!」

 紙袋から出てきたもう1本は葡萄の絵柄が何ともみずみずしい1本である。確かに、健康には良さそうだ。
 チャーリーにはありがたい気持ちが半分、しかし割り切れない気持ちが半分である。
 いつの間にかグラスを持ってきたチェリルは、いそいそと宴会の準備を始めている。

「ほれ、かけつけ一杯。ジュースだけど」

 レイフェルから余計な言葉と共に差し出されたグラスを、チャーリーはやけくそな気持ちと一緒に飲み干した。途端に顔が上気する。

「あ。もしかして逆だった?」

 レイフェルはにんまりと笑う。……確信犯である。

「もう、マスターってば! ……チェリーさん!?」
「……チャーリーです」

 据わった目で空のグラスを差し出したチャーリーを見て、レイフェルは今度こそ楽しそうに含み笑いをした。


 チャーリーは乱暴にグラスを置いた。何杯重ねたかは既に忘却の彼方である。
 脅えたようなレイフェルの目を気にした様子もなく、彼の口調は厳しい。

「いつだって私は置き去りなんです。今に始まった事じゃありませんが、私だってあの時みたいに何も知らない子供じゃないんだ。説明の一つや二つしてくれれば良い事をどうしていつもいつもいつも勿体ぶるんです!?」
「い、いや、俺に言われてもだな〜……」

 レイフェルの弱々しい抗議は呆気なく黙殺される。

「で、再会した時は何食わぬ顔で笑っている。そうやって優しく手を差し伸べておいて、姿を消す時はあっという間。いつだ って笑えば良いと思っている、その根性が気に食わないんです!」
「が、ガンバ……」
「ワインなくなっちゃいましたね〜」

 チェリルのさり気ない助け舟で、レイフェルの目に一瞬生気が戻る。

「そりゃ仕方ない。そろそろお暇……」
「廊下に備え付けの戸棚の奥。マスター秘蔵のワインが5本ほど隠されています」

 酔っているとは思えないほど明確な口調である。茹で上がったような頬を見なければ、だが。
 チェリルは内心苦笑しつつも、指示された通りにワインを出してやった。言われた本数よりやや少ないのが気になったが、 チャーリーが酔っている証だと理解してコルクを抜いた。
 すぽん、という軽やかな音が今は間抜けに響く。

「さ、マスターもどうぞ?」

 元はと言えばレイフェルのせいなのだから、責任はしっかり取るべきなのだろう。
 非難轟々な視線は受け流す事に決めたらしいチェリルは、笑顔でグラスを差し出す。
 レイフェルは苦々しげな表情で受け取った。

「お、これは美味いな。葡萄の香りも爽やかだ。何て銘柄かな〜」
「まだ話は終わっていませんが」
「……すいません」

 ナチュラルに話を逸らそうとしたレイフェルは、逃げ道を閉ざされた事を悟る。
 そんなレイフェルを尻目に、チェリルはそそくさとリビングから退散した。


「マスターには悪いんですけど、お任せしちゃいましょう……あれ?」

 キッチンで一息つこうとしたチェリルの目に入ったのは、体育座りで冷蔵庫の下に蹲るレイフロの姿だった。 側にはワインの瓶が数本転がっている。
 チャーリーの言っていた本数と違っていたのはこのせいか。
 チェリルは声をかけようとしたが、漂う暗い雰囲気に気圧されてしまう。腹に力を入れ、思い切って声をかけた。

「そんなところにいないで、チャーリーさんのところへ行ってあげたらどうです?」

 レイフロはゆっくりと顔を上げた。視線が定まっていない。やはりできあがっているようだ。

「今更出て行けるかよ……」

 全部聞いていたらしい。呻くような返事に、チェリルは苦笑した。

「帰ってきたら招かざる客が来てんなーと思って…あ、もちろんチェリルの事じゃねぇからな。『俺よりあの××××野郎の 方がいいのか浮気者!』とか怒鳴り込んでやろうと思ったらあれだぜ? 俺だっていろいろ考えてるのによ〜。ああいう風に 思ってたんだって気づいたら、下っ腹にボディブロー受けたような気分になってさ〜。いや、これだったら実際食らった方が まだマシだ……。あ、頭もガンガンする……」
「それは飲みすぎのせいだと思いますよ?」

 そう言いながらチェリルは、ここに愚痴合戦第2ラウンドの口火が切られた事を確信した。

「だいたいチェリーだって、ちょっと優しくしてくれた奴にすぐ無防備な笑顔晒すもんだからさ。いっつもヒヤヒヤしながら 見守る俺の身にもなってほしいと心の底から叫びたいんだよ!」

 今まさに叫んでいます、とチェリルは言いたい気分だったが、そこはグッと堪える。代わりにリビングの方を見た。会話の 途切れた様子がない辺り、全く気づいていないに違いない。
 今宵は長くなりそうだ。
 チェリルは適当に相槌を打ちながら、深いため息をついたのだった。
















呉様のvassaサイト「アケノソラ」のキリバン前後賞を踏んで頂いてきましたvvv
「レイフェルとチェリルに構われてるチェリーを見てやきもきするマスター」ですv
レイフェルのおふざけが過ぎてチェリーに絡まれる展開がすごく楽しい!もう、こういうの大好きなんです、私。
そして酔ってレイフェルに絡むチェリーがかわいい(悶)!!もう、どんだけマスターのこと好きなんだか。これってもう愚痴と言うよりのろけじゃない?それから陰で愚痴を聞いてがっくりしちゃうマスターもかわい過ぎ。
なんだかんだ言ってこの親子は想い合ってるんだから、もう一生やってて!って言いたくなっちゃいますよね♪
呉様、このような素敵なお話を書いてくださりありがとうございました!

とても素敵な作品ですが、無断転載はくれぐれもご遠慮願います。
どうぞご了承くださいませね。





2010.09